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『ブラインドサッカー』の魅力

東京新聞CHUNICHI WEB PRESS(http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060402/mng_____tokuho__000.shtml)からの転載です。

『ブラインドサッカー』の魅力 


攻守は足音、息づかいから『映像化』


 「日本代表がアジア大会に優勝しながら、資金難のために世界選手権出場を断念」-。まさかと思うようなことが、あるスポーツで現実となりつつある。視覚障害者による「ブラインドサッカー」だ。富める国ニッポンにあって、遠征費など五百万円が足りないばかりに代表チームを送り出せないとは。あまりに悲しく、恥ずかしくないだろうか。ブラインドサッカーはスピーディーでエキサイティングな世界なのだが。 (市川隆太)


■視覚障害4人健常2人混成

 三月二十五日の午後、柔らかな日差しが差し込む千葉県松戸市立中部小学校の校庭に、視覚障害者と健常者の二十五人ほどの男女が集まってきた。「日本視覚障害者サッカー協会」(JBFA)のオープン練習だ。各地のチームから来た参加者たちは談笑の輪をほどくと、真剣な面持ちで試合形式の練習に入った。


 ブラインドサッカーは視覚障害者四人と健常者二人で一チーム。視覚障害者がフィールドのプレーヤーとなり、健常者はゴールキーパーと「コーラー(caller)」を担当する。コーラーは敵ゴールのネット裏に陣取り、シュートを狙う味方選手に対し、敵ゴールまでの距離や方角を声掛けする羅針盤役だ。


 この日は「B1」クラスの練習。B1の出場資格は「全盲ないし光覚(こうかく)(明暗や光の方向を感知する感覚)のある人まで」で、弱視の人など向けにはB2、B3クラスがある。視覚の条件を平等化するためキーパー、コーラー以外の四人はアイマスクを着用。安全のためヘッドギアもつけている。


 ドリブル、パス回しともハイスピードで展開されていく。「ゴール、ゴール、ゴール! 左四五度、六メートル!」。シュート圏内に入ると同時にコーラーの声が高まりフィールドが緊迫する。シュートを吸い込んだかに見えたキーパーの体が、吹き飛ばされることもしばしばだ。


 B1の場合、鈴を入れた音のするボールを使う(B2、B3は鈴を入れない)ものの、選手たちは驚くほど素早く的確にボールの到達点に先回りし、多様なテクニックで敵を翻弄(ほんろう)する。相手選手へのチェックも激しく、ユニホームの引っ張り合いもしょっちゅうだ。ボールが足に吸い付くようなドリブル、敵の接近を悟るやスペースに球を蹴(け)り出し自ら走り込んでのシュート。こんな技を次々と見せつけられると「見えないなんて、冗談だろう」と言いたくもなる。


 ちょっとやそっとのぶつかり合いで転ばないバランス能力、しなやかな身のこなしは、いったいどこから来るのか。衝突回避のため、ボールを奪いに行く選手は「ボイ」と声を上げなければ罰則がつくが、「ボイ」だけで敵の動向を知るのは難しいはずだ。


 JBFA副理事長の会社員石井宏幸さん(33)=東京都千代田区=によると、敵の息づかいで進行方向や自分との距離が分かるという。優れた選手は、周囲の足音、息づかいなどの聴覚情報が瞬時に映像化され、思い浮かぶという。加えて、相手選手のクセ、例えば足で球を払うタイプか、体を寄せてくるタイプかといった情報を掛け合わせれば、相手の体すれすれを抜き去る華麗なるフェイントのできあがり、というわけだ。


 競技としてのブラインドサッカーは一九八〇年代にスペインで始まり、現在、南米・ヨーロッパ各国、韓国、中国、ベトナム、マレーシア、シンガポール、タイなど世界約四十カ国で楽しまれている。

 日本の競技人口は約三百人といわれ、JBFA加盟だけで全国に九つのB1チームがあるが、石井さんは「盲学校などでも、やってみてほしい。方向感覚、音から映像を描く力、空間認知力などが高まるから」と話す。

 JBFAは年に五、六回、少年や一般向けにブラインドサッカー体験会を開催しているが、「周囲の状況をイメージする能力が開発される気がする」と、サッカーファンにも好評だ。

 昨年八月、ホーチミン市(ベトナム)で開かれた「第一回アジア視覚障害者サッカー選手権」(主管・国際視覚障害者スポーツ協会=IBSA)ではJBFAが派遣した日本代表が優勝。日本は、今年十一月にアルゼンチンで開催の世界選手権、いわゆる「もう一つのサッカーワールドカップ」への出場資格を得た。世界選手権に優勝すれば、二〇〇八年に北京(中国)で開かれるパラリンピックにアジア・アフリカ代表として出場できる可能性もあり、関係者の期待がかかる。

■資金難のカベ崩せ

 ところが、渡航費用など計五百万円が不足しており、現状ではアルゼンチン行き断念もやむなし、というのが実情だ。

 こんな窮状を打破しようと、日本サッカー協会副会長の釜本邦茂氏の実姉で、JBFA理事長を務める釜本美佐子さん(全国視覚障害者外出支援連絡会会長)や、知人の音楽プロデューサー松尾由佳さん(NPO法人日欧ライフネットワーク協会理事長)が、「ワールド・ペガサス・プロジェクト」と銘打ち、資金集めに奔走している。

 岐阜県出身のダンスポップスグループ「PEGASUS」をプロジェクトのキャラクターに起用。サッカーワールドカップ観戦を兼ねドイツ旅行でも、という日本人向けのドイツ語学習CDを製作。千八百円で発売し、このうち三百円を遠征費用にあてるという。

 「ダンケシェーン♪ ラップで伝わるドイツ語会話」と名付けた七十分ものCDはラップミュージックでドイツ語を学ぶスタイルで、PEGASUSがテーマソングを歌う。ホテルのチェックインなど旅行者向け場面を想定しており、「あいさつ、自己紹介から最低限のドイツ風マナーまで学べるように工夫した」(松尾さん)という。

 個人・一万円から、法人・五万円からの協賛金も募集しており、協賛者の氏名や会社名を前述のCDに印刷する企画も。携帯電話ストラップ、ドイツから輸入したサッカーワールドカップ公式グッズのTシャツなどを販売。売り上げを遠征費用に役立てるという。

■北京パラリンピックを目標

 プロジェクトの詳細はホームページ( http://nichiou-life.com )に掲載されているが、松尾さんや釜本さんは「北京のパラリンピック出場も夢でなくなっている。ぜひ、アルゼンチン行きに力を貸してほしい」と呼びかけている。

 アルゼンチン行きがかなえばパラリンピックに王手がかかるだけに、ピッチで汗を流す選手らの表情は明るい。石井さんは「ブラインドサッカー体験会にきた少年たちは、障害者スポーツというより新種のスポーツとして楽しみを感じるようです」と、スポーツとしての認知度がアップすることにも期待を寄せる。

 石井さん本人は五年前、突如、見えなくなったが、「人間観が変わった」という。外出先の街角、つえをつく石井さんに差し出される見ず知らずの人たちの腕。そんなコミュニケーションの積み重なりを経験したからだ。「私、視覚障害を楽しんでるんですよ」。表情がほころんだ。



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